• 概況の一覧
  • 地理的な位置
  • 交通の優勢
  • 歴史の遺跡
  • 旧居特集
  • 文化
  • 人口の概況
  • 庭園の緑化
  • 商業環境
  • 教育要地
  • 医療衛生
  • 祭りの祝い
  • 古い建物――旧居1

    虹橋路の《タイムズ新聞》別荘
    龍柏飯店のゲートを入り東側に、夏家浜の南にある潘家宅の土地に中3階建てのレンガと木造建築のイギリス田舎調別荘が建てられ、敷地は5600平米と426平米の建築面積になっています。
    20世紀30年代にイギリス商社タイムズ新聞社がこの別荘を建てました、一時期は栄徳生氏が所有し、20世紀80年代後龍柏飯店が取得しました。

    虹橋路の米豊銀行別荘
    虹橋路の龍柏飯店のゲートを入り東側に、2階建てのレンガと木造建築のスペイン調の別荘があります、これは上海米豊銀行の別荘で、少し北側に2階建ての付属建物があります。これらの建物は20世紀30年代に建てられました。建築面積は260平米で、設計者はウーダク氏でした。

    サッスーン別荘
      サッスーン別荘の英文名称はSasson’s Villaで、上海西郊虹橋路2409号に位置しています。この別荘の敷地は60ムーで、サッスーン氏が個人で居住したものです。1932年に建てられ、建造費は1平米当たり317銀貨で、当時普通の人では手が届かない値段でした。
    1989年にこの建物は上海で優秀な近代建築として上海市の文化財保護部門になりました。今は歴樹人氏の後代が居住しています。

    虹橋路の白崇禧別荘
    今虹橋路1518号は白崇禧別荘になっています。現在の敷地は1528平米で、別荘の建築面積は610平米になっています。これは中三階建てのレンガと木造建築の北欧調の建物です。造りはユニークで、豊富な中身とはっきりした段落になっています。建物は修繕され新しくなり、よく保護されています。
    20世紀30年代では外国人が所有し、1941年太平洋戦争後、日本軍に占領され、抗日戦争後白崇禧氏が所有しました。

    虹橋路のドイツ顧問別荘
    虹橋路1704号の屋敷は虹橋路と水城路西南角に位置し、3階建てのレンガと木造建築の花園別荘で、1900平米の敷地と884平米の建築面積になっています。
    新中国が創立した後、1704号屋敷は南京空軍から接収管理後、今居住しているのは南京空軍部隊の退職幹部とその家族です。

    虹橋路のルーべケン花園
    程家橋の近くに今虹橋路2310号、サッスーンの別荘はルーべケン路(今の哈密路)に隣接するので、ルーべケン花園とも呼ばれていました。1931年に建てられた景色の良いイギリス田舎調別荘です。2階建てのレンガと木造建築で、建築面積は960平米になっています。
    新中国創立始めごろ、ルーべケン花園は寅豊公司オーナーの名義で、1956年に上海紡績局に属し、20世紀90年代は海南不動産グループの上海本部に貸し出しをしました。1989年にこの花園は上海市の優秀な近代建築とされ、市の文化財保護部門になりました。

    橋路の閻錫山別荘
    虹橋路と凱旋路の西角に、もとの上海杭州鉄道の南側に位置する虹橋路885弄4号は今の上海市民政局宿泊所で、中3階建ての独立式花園別荘と1階建ての付属建物があります。建築本体は大きくて約700平米があります。20世紀40年代に建てられ、普通の西洋調の別荘と違ってまったく上海建築風格の表れです。
    この建築物は戦前山西の王閻錫山が上海にいる時の邸宅でした。戦後、国に買収され、市の民政局に属しています。

    虹橋路宋子文の別荘
    虹橋路1430号はイギリス田舎調の個人豪邸です、その2階は屋根層にあります。建築平面は曲がりくねっています、東側は1階建ての建物があり、全体は高低入れ乱れているし、当時の上海でなかなかユニークな別荘建築でした。建築敷地は4250平米で、488平米の建築面積になっています。
    戦前、この豪邸は中国の4大家族の1家族宋子文氏の別荘でした。その後虹橋路1430号は栄家に買収されたそうです。今は上海錦江グループの財産になっています。

    虹橋路孔家花園
    虹橋路2260号は孔家花園式で、孔子の第75代子孫である中国“4大家族”中の1家族孔祥煕氏上海での屋敷中の1つでした。孔家屋敷は7500平米の敷地と1733平米の建築面積になっています。東西2棟があり、すべて現代派の造りで、1935年以後建てられました。今は上海守備隊の第3宿泊所(雲豊ホテル)になっています。

    虹橋路の陳氏花園屋敷
    虹橋路1440号は元上海寄生虫病研究所で、その中に11棟は2~3階建てのスペイン調邸宅で、1棟当りの建築面積は約400平米で、全部で4809平米の建築面積なっています。1棟当りの緑化面積は733平米で、緑化の総面積は7000平米に達し、敷地合計は1.17万平米になっています。

    もとは1935年に陳香梅の父陳映竜氏が建てた個人用屋敷で、11棟のスペイン調の邸宅は陳映竜氏が自分の子女に用意したもので、その中の1棟は中国系アメリカ人陳香梅の邸宅でした。